求む!!セミクジラのひげ 伝統人形工房 SOS

セミクジラのひげ、しまい込まれてませんか」。福島県二本松市で伝統人形の工房を営む斎藤徹さん(66)が情報を求めている。浄瑠璃人形やからくり人形には欠かせない素材だが、捕獲禁止が長く続いて入手は絶望的な状況にある。「漁港が多く、捕鯨が盛んだった東北なら、捕鯨関係者らの家に“お蔵入り”している物があるかも」と、かすかな望みをかけている。

 斎藤さんは1966年から人形劇団ひとみ座(川崎市)で人形製作を担当。テレビの人形劇に携わった後、78年以降は伝統人形の製作・修復に専念してきた。97年、古里の二本松市に戻り、独立した。
 人形を使った伝統芸能といえば、有名な文楽のほかにも各地に人形浄瑠璃や操り人形などが数多く残る。しかし文楽以外で、伝統人形の製作・修復を手掛ける専門家はほとんどいないという。「今ではプロは国内にわたしだけでは」と言う斎藤さんは全国の保存団体から注文を受け、それぞれの地域の文化を支えてきた。
 頭の痛い問題が材料の確保。伝統人形は頭に木曽ヒノキ、関節に猫の皮、髪にチベットのヤクの毛と天然素材ばかり。とりわけ重要でしかも最も入手困難なのが、人形を動かすばねに使うセミクジラのひげだ。
 伝統人形の生命感あふれる動きは、独特の弾性を持つセミクジラのひげがあって初めて可能となる。
 違う鯨のひげや化学素材では代用できないが、セミクジラは乱獲で37年から捕獲が国際的に禁止されている。文楽でさえ「水産業者の寄贈で100年分ほどは確保できたが、現在は全く手に入らない。安穏としてはいられない」(国立文楽劇場)という状況。斎藤さんの備蓄は約10年分しかない。
 「修復だけなら、わたしが生きている間はもつかもしれないが、人形浄瑠璃の安定的な維持や後進の育成を考えると備蓄が足りない」と斎藤さん。ひげが大量に必要なからくりのぜんまい仕掛けなど、既に材料不足で作れない物も少なくない。
 斎藤さんはこれまでも、ひげを求めて捕鯨が盛んだった地域の役場や博物館に問い合わせたり、訪れたりしてきた。「捕獲禁止前の遠洋からの持ち帰りや、浜に揚がった鯨のひげが、忘れられたままになっているのでは。どんな情報でも寄せてほしい」と話す。
 環境省野生生物課によると、セミクジラ類のひげはワシントン条約で国際取引は原則禁止だが、種の保存法の規制対象外で国内での譲渡・流通は問題ない。斎藤さんの連絡先は〒964―0111二本松市太田石戸屋282。

セミクジラ>体長14〜17メートルで、北太平洋の温帯から亜寒帯域に生息する。体が大きく、多量の脂肪を含む。泳ぐ速度が遅く、捕獲後も沈まないため古代より捕鯨の対象となった。近縁にミナミセミクジラ、ホッキョククジラなどがいる。ひげは長く、チョコレート色なのが特徴で、コルセットや傘の骨など国内外で多くの用途があった。

河北新報より