怖い人がおらんと

弟子のすずめは、女優の三林京子のことです。いろいろな芝居やドラマにも出て活躍してるが、落語が一番キツイ仕事やと言うてます。「芝居と違って、落語はだれも助けてくれない」。その通りやな。それから、「落語は三味線のない義太夫ですやん」。うまいこと言うな。私は義太夫はかじったことはあったが、見よう見まねやった。やったうちに入るのかどうか。

 実は、すずめのお父さんは文楽人形遣い人間国宝だった先代の桐竹勘十郎さん。そやさかい、彼女は小さいころから嫌というほど浄瑠璃を聴いて育っていたはずや。竹本住大夫さんから稽古(けいこ)をつけてもらったこともあるんやとか。えらい厳しかったそうですな。「それで給金もらえるの、女優は楽やなあ」てな調子やったらしい。でも、怒る側もえらいしんどいんやで。

 「怖かった」。すずめは、私の落語の稽古もそう振り返る。「くちなし」などの小咄(こばなし)や「桃太郎」「七度狐(ぎつね)」を教えたんやが、稽古をしているうちに、私の顔が段々大きく感じるようになっていたとか。きっと、それだけ私も本気で稽古をつけていたということやろうな。それに、すずめの名前がついてから途端に私が厳しくなったと、弟子入りを後悔していた時期もあったんやとか。今の落語のネタ数は六つぐらい。すずめやからこそ、勧めたネタや。特に「高倉狐」なんて、もうほかにはだれもやる者がいないような貴重なネタになっているんです。

 今や上方の落語家は200人をゆうにこえたらしいが、昔のことを思えば本当に不思議な気がします。今では師匠が弟子を叱(しか)ることも大変になってきたらしい。でも、芸というものはホンマは怖い人がおらんといかんのやと思います。芝居の世界でも、先輩の舞台をじっと見ている若い者も少なくなってきているらしい。いくらでも録音や録画があるからということかもしれんが、それだけで分かるようなもんではないんやで。

 最近の若者を嘆いているすずめも、ここ3年ぐらい落語のネタが増えていない。でも、今年は「厩(うまや)火事」と「まめだ」を覚えるんやと、とても張り切っている。ぜひ、聴きたいですな。


米朝一門の女性落語家、桂すずめ=1月17日
大阪府豊能町、滝沢美穂子撮影

asahi.comより